
『大月みやこの日本民謡ラテン・フィーリング』アナログ盤 再発記念インタヴュー(後編)
▪️『大月みやこの日本民謡ラテン・フィーリング』アナログ盤 再発記念インタヴュー(後編)
『大月みやこの日本民謡ラテン・フィーリング』についての当時のお話から歌い手としてのお話など貴重な再発記念インタヴュー、後編!! じっくりお楽しみください。(FWRF)
*ご本人から頂いたサイン!!
とにかく音程をとれる楽器が少なかったんですよ。
ー瀬上さん以外のミュージシャンの方で、印象に残っている方はいらっしゃいましたか?
聴いていただいた通り、音程の取れる楽器が少なくて、ピアノとフルートぐらいしかなかったと思います。曲によっては12弦ギターなんかもありましたが、とにかく音程をとれる楽器が少なかったんですよ。だから、最初にピアノでガイド音を出して下さいねって、それでキーを取ったんですよ。
そしたらフルートの人とかピアノの人が「これこれこれ、これだけ覚えてて」みたいに言われて。それで歌に入るわけですね。だから、皆さんも一生懸命に歌のタイミングや、歌い方を教えてくれてましたね。
この時の超一流の人達がサポートしてくださって、私は一番未熟だったと思います。。
ーそうは思えない歌唱力です(笑)
レコード会社 STAFF: あのバックの演奏では普通歌えないですよ。
大月みやこ : 自分で褒めてやりましたもん。できた時は(笑)
ー宮沢昭さんがフルートに参加されていたり凄いメンバーですよね。
そうですね。バックの皆さんは凄く楽しんでるんです。でも私だけが苦しんでるのよ(笑)
歌えない、歌えないって言ってて…
一同:爆笑
ー歌入れの時っていうのはガイドがやっぱり重要ということなんですね。
そうです。この作品はリズムがすごく多いわけですね。いつもなら途中から転調する曲は別ですけれど私たちが歌う時はキーがちゃんと決まってるので、大体分かってるわけなんですけども、型破りというか打楽器からスタートされるっていうのは、音程が取れないんですね。民謡の場合ですと例えば"佐渡おけさ"なんかもイントロにあたる箇所がありますよね。それが全く無いんです。でも彼らはすごく一生懸命に演奏して心地よく歌わせてくれました。
私の印象では、メンバーの方々で全部作っていた。
ー今の話を聴いて編曲の重要性を感じたのですが、編曲者の小町昭※さんとのやり取りとか、そういったものはあったのでしょうか?
小町先生は、、あんまり言わなかったです(笑)
一同:爆笑
大月みやこ : まぁ、小町先生もアレンジャーとして立派な先生なのですが、このアルバムに関しては瀬上さんやバンドにお任せでしたね。「好きなことやって」っておっしゃってましたね。
ーやりたいことをやってもらった方が良いというのがわかっていたのでしょうね。
そうです。イントロが長すぎるから4小節にしようとか6小節にしてとか、その辺りは小町先生とメンバーで決めてましたね。私の印象では、メンバーの方々で全部作っていた。
ー困ったらちょっと聞いてみたいな感じの立ち位置だったんでしょうね。
レコード会社 STAFF : さっき小節数だけ書いてあったとおっしゃってましたが、おそらくメンバーも多分そうだったんじゃないでしょうか? 特に決めはなくて。大きな約束だけあってあとは自由。即興演奏的に行こうって。
大月みやこ : そうです。実は私この時の譜面を今でも持っていまして4とか6とかしか書いてないんです。
アメリカの洋楽、ジャズとかはレコードで積極的に聴いていました。
ーうわ〜 その譜面もまた貴重ですね。このアルバムはラテン・アレンジとなっていますが大月さんは当時からラテン音楽を聞かれていたんでしょうか?その時期に ペレス・プラートなどのラテン音楽が流行っていたと思うのですが。
もちろん聴いていました。自分はわりと生意気だったのかな、高校生時代には歌謡曲を習っていましたがアメリカの洋楽、ジャズとかはレコードで積極的に聴いていました。
レコード会社 STAFF : シル・オースティンとか?
大月みやこ : そうそう、テナーサックス。ませた高校生でしたね。ラテンという感じはないですけどもエンゲルベルト・フンパーディンクとかトム・ジョーンズですね。エンゲルベルト・フンパーディンクなんかは、コンサートも見に行きましたしね。
私は着物を着て歌謡曲を歌う立場なんですけれども好きでよく見に行ってました。あと、ダイアナ・ロスとかも。だからか、この作品の空気が好きだったんですね。
ーラテンという前に洋楽っぽいところに繋がってくるんですね!
ラテンっぽく歌って下さいっていう注文は全くなかったのですが、私は歌謡曲の歌手ですので民謡歌手の方にお願いしたらよろしいのではと言いました。でも「民謡歌手では歌えない」とおっしゃたんです。民謡歌手の方には失礼ですが、「みやこちゃんがいいんだ」と言ってくださったんです。
2、3日でレコーディングが終わったと思います。
ーご記憶の中で結構なんですけど、このアルバム 1枚作るにあたって、制作期間っていうのはどのくらいだったのでしょうか?
1ヶ月もかかりません。これは10数曲ですよね。ですが2、3日でレコーディングが終わったと思います。
ーすごい、、
レコード会社 STAFF : まぁ同録はそうですよね。だからこそグルーヴ感が溢れているんですよね。
〜収録曲の京都府民謡 宮津節曲を聴きながら〜
大月みやこ : この曲はなんで歌えたと思います?
ーうーん、何でしょうか?
ベースの音を探したんです。ドン・ドン・ドンってこれだけを探したの。
ーおぉ、、探り探りには全く聴こえないです。完成度が高すぎて驚くばかりです。グルーヴ感が凄まじいですね。
やっぱりいいですよね。できた時にもいいなぁって思いました。ちょっと早過ぎましたかね。時代が。
レコード会社 STAFF : 50年前ですからねぇ…
大月みやこ : 私も惜しい、惜しいと思ってね、今のプロデューサー、ディレクターに会う前、すごい前ですからね。
こういうのやったの、やったの、やったのと、絶対に良いから。聴いて、聴いて、聴いて、ってずっと言っていました。
レコード会社 STAFF : そんなに重要な 1枚だったんですね。
大月みやこ : もう歌やめようかと思うくらい悩みましたから。でも歌えないとは言えないし、意地で頑張って歌入れしたんです。
プロデューサーが持ってきたもので間違いないと私は信じてる。
ーお互いの信頼関係もありつつ出来たアルバムだったと思いますが、そもそもミュージシャン達は大月さんの歌唱力、歌唱センスに天才的なものがあることを見越していたのですね。
まあ、その時は、一生懸命で周りが見れない程に緊張しましたけど、多分、彼らはそう思ってくれたのかなと、後になって少し自信につながりました。
ー以前、ナタリーさんのインタビューで、「どんな曲も与えられたら、全力でこなすようにしている」、「与えられた曲を自分なりに表現するのが歌手」というようなお話をされているを拝見したのですけども、本作の歌唱表現にあたり、大切にしていた部分はあるのでしょうか ?
与えられた曲に対して、私はできませんっていうのは今まで 1度も言ったことがないし、自分のジャンルじゃ無くても同じです。次の曲はどんな歌を歌いたいとかも一切、私はないです。つまりプロデューサーが持ってきたもので間違いないと私は信じてる。
今のこの歳になっても、この次はこんな歌を歌いたいといったことは 1度もありません。
ーなるほど、プロの歌い手に徹しているからということでしょうか?
という事とも違います。昔は今ではもう考えられない、ものすごい量のレコーディングをしていました。地方巡業から東京に戻って、レコーディングはその僅かの日数に詰め込むように行っていましたので。三橋美智也さんとか歌謡曲のトップ中のトップの人たちは、なおさらなんですね。ダダダダ〜ってレコーディングなさるわけでしょう。
新人作家さんの作品で「じゃあ君、歌ってみて」みたいなこともあるわけですよ。私のために作ったわけじゃなくてもですね。もう沢山のレコーディングをしました。
こんな歌を歌いたいって、言う暇もなかったですけど、そもそも私はそういうタイプじゃないんです。だから今も全く言った事ないんですよ。
ー大月さんの元々の性格上、ということですかね。
レコード会社 STAFF : 私は大月さんを担当して十数年になるんですけど、最初に「私はあなたが持ってくる曲は全部歌います」と、おそらくディレクターの想像以上に、いかにいい歌を唄えるか、いい表現が出来るか、毎回そこが歌手としての勝負であり矜持だと思っていらっしゃるんだと、毎回毎回ひしひしと感じています。
大月みやこ : すごい偉そうね(笑)
レコード会社 STAFF : だから多分どこに投げられても私は打ちます。ただ、ストライクゾーンに投げてねと(笑)
ー大元の入り口としては信頼があるんで、良い曲を選曲してくれるからきっちり歌いますっていうことだと思うので、そこの信頼関係の中で歌手に徹するという事なんでしょうね。
自分のことは自分自身が思うよりも、周りにいるプロデューサー、彼らの方がいいところを分かっているだろうと思ってるんです(笑)
ですから、そういう人達が言うことって間違いないと信じてる。
ー瀬上さんも同じようにお互いを信じていたと言う事ですね。
そう、瀬上さんはじめ 6人か 7人のメンバーがいて、「みやこちゃんは歌えるよ」と言われたからそれを信じたんです。
ーいやぁ、想像すらしてなかった制作背景を知るとまたこのアルバムが深く楽しめる感じになりますね。
よくできてますよね。
ーこれを初めて聴いたのは数年前ですけども、クオリティの高さに本当に驚きました。逆に言うと、今でもこのクオリティに勝るものは、そんなにないぞっていうレベルかと思います。大月さん、ミュージシャンさんを含めて、やっぱり当時一流の方々が集まって作ってるものなので、あの時あのメンバーだったから生まれた、再現しようと思ってもとても難しい、ある意味一期一会の世界なのかも知れませんね。
ありがとうございます。
CDにして下さいとお願いしました。私も残しておきたかったですから。
ーこのアルバムは97年に C D化されていますが、 大月さんが広めたいからっていう意思もあり C D化されたのでしょうか?
そうですね。CDにして下さいとお願いしました。私も残しておきたかったですから。
ーそのCDにはレコード未収録曲が追加で2曲入ってるんですけど。その経緯はお分かりですか?
レコード会社 STAFF : それがね、調べてみたところ、追加された曲も同じ年、72年に録音されてるんです。なぜ2曲がこぼれて、 CD再発の際に追加されたのか理由がわからなくて、スタジオの当時の記録伝票を見てもらったんですよ。
ーおおっ!
レコード会社 STAFF : そしたら、最初 2曲は一旦リストに入っていたのに、途中で抜かれてる形跡があると、、どうもはっきりしたことはわからないけど、おそらく、当時はA面 B面で片面15分から20分が音がいい範囲であろうって、尺の問題でカットされたみたいなんですよ。ちょっと20分越えたんじゃないかと、音にこだわってる作品だから駄目だと、誰かがね。こんなこだわって作ってるんだから20分以内じゃないと嫌だと。ってことがあったやもしれません。あくまで想像なんですが…。
ーなるほど!その線が濃厚ですね。今回のレコード再発はその2曲を追加した完全版という形でしたが、実はもう一つミステリーとされてることがありまして元々帯は付いていたのでしょうか?
えっ、ついてますよね。
レコード会社 STAFF : いやわからない(笑)
ー実は選盤者やレコード・コレクターにも協力してもらっていろいろ調べたんですけど、帯がついてるものが実は1枚も確認が取れなくてですね。ネットにも出てきませんでした。
そうですか。私の家にまだありますよ。
ーもしかしてご自宅で見たものに帯があればそれが最後の1枚かもしれないくらいな。もし付いていたら、すごく見てみたいですね。
はい。家で見てみます(笑)
ーそこはまだ謎のままと言うのも面白いですね(笑)
まだまだお話を聞きたい事はございますがそろそろお時間ということで、今回は貴重なお時間を頂きあましてありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
(終わり)
※小町 昭:作曲家・編曲家(1931年~2017年)明治大学マンドリン倶楽部でアコーディオン奏者として活躍、卒業後、キングレコードの専属作・編曲家として活躍。特に編曲家として春日八郎「山の吊橋」「慕情の街」、三橋美智也「おんな船頭唄」「哀愁列車」「達者でナ」、「大津美子「東京アンナ」、沢ひろしとTOKYO99「愛のふれあい」等、ヒット曲多数。
大月みやこさんの貴重な当時のお話はいかがでしたしょうか?今回のインタヴューを読んで音源が気になった方は下記よりレコードで聴いてみて下さい!!
FWRF-016 大月みやこ Selected by MAGICTOUCH / 日本民謡 ラテン フィーリング (1LP W/OBI)